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第50~52期・遊史会50TH~52nd HISTORY CLUB

第1回 航空自衛隊見島分屯基地指令 波多野二等空佐講演会

第1回遊史会1第1回遊史会2
去る12月10日(土)、我がクラブ唯一の知的同好会、「遊史会」を開催いたしました。記念すべき第一回は航空自衛隊 第17警戒隊長 兼(かねてと読む) 見島分屯基地 二等空佐 波多野 健指令をお招きして「わが国を取り巻く軍事情勢と日本人の誇り」という演題にておよそ2時間弱の講演をして頂きました。会場となった萩LCの事務所には事前応募にて集まったクラブ会員が16名ほど来場。机、椅子などの配置を教室風に変更してノートPCやプロジェクターを駆使しての講演が始まりました。最初の「わが国を取り巻く軍事情勢」ではさすがに日々我が国の防衛に心を砕いている自衛隊ならではの実に興味深いお話が聞けました。詳細は割愛しますが、ひとつだけ言える事は決して我が国は安全な国家ではないと言うこと。おそらく話を聞かれた他の会員の皆さんも同じお気持ちになられたことでしょう。そして次の「日本人の誇り」についてはDVD作品「凛として愛」というドキュメンタリー映像を鑑賞。この作品には大東亜戦争にて散った多くの英霊に捧げるもので、彼らがどのような思いで戦地に赴き、そして散っていったのかを改めて考えさせられる内容となっています。戦後のGHQの占領政策や東京裁判史観によって踏みにじられた多くの英霊たちの祖国への思い。今後日本人が日本人として生きてゆくためには何が必要か?戦前の日本人と今の日本人の違いとは?問い直さねばならない問題がこの作品には詰まっています。本作品は波多野指令のご好意により萩LC遊史会へ寄贈されましたので、鑑賞ご希望の会員の方には貸し出しますのでお申し出ください。講演終了後は参加者ほぼ全員が集まり波多野指令を囲んでの会食。程よくアルコールが回ると口も良く回り始め、皆一様に国士風の面構えで熱く議論を戦わせていました。次回遊史会は今年の4月過ぎ頃を計画しております。乞うご期待。
遊史会執行部 廣畑 雅弘 記

第2回 「萩市各所の地名由来。その歴史的、地政学的起こりと発展」

去る9月15日(土)、第2回遊史会をクラブ事務所で開催いたしました。前回の開催からかなりの月日が経過しており、本同好会の存在もクラブ内でかなり薄くなってきたことに危機感を抱いての開催です。今回は満を持してクラブ会員の中から廣兼L.に講師を引き受けて頂き、萩市の地名由来として古代から中世にかけての地政学的、歴史的な由来を紐解くという講話でした。洪積世・沖積世の地殻変動による阿武川の起こりから始まり、弥生・古墳時代の集落跡からどの地域に早くから人が住んでいたか・・・、萩地域の古い神社仏閣の開山縁起を調べるとほとんどが平安時代の大同年間に集中していること・・・、圧巻は平安〜鎌倉時代にかけての萩地域の豪族の栄枯盛衰で、山陰の片田舎も歴史の大きなうねりとは無縁では無かったのだということを改めて実感させられ、とても興味深く拝聴いたしました。この文章では具体的な考証自体には触れませんが(参加したクラブ会員のみの特権なので)、歴史を学ぶということは同時に人間社会を学ぶことなのだということを特に若手会員の皆様にも知って頂きたいと強く思いました。廣畑 雅弘 記

第3回 「現代竹島問題のルーツ、『元禄 竹島一件』」

第3回遊史会1第3回遊史会2
10月27日(土)第3回目の遊史会(歴史や史実から楽しく学び自由に考える同好会)の講演会が開催されました、19名のご参加ありがとうございました。今回は現在非常に難しい日韓国際問題となっております竹島問題について、昔のいきさつを我が遊史会のスタッフの廣畑Lが物申すということで満を持しておおいに語ってくれました。それは元禄時代の竹島一件という話で、江戸幕府が鳥取藩の大手漁業者の大谷、村川両家が現在の竹島を中継地にしてもっと韓国に近い鬱陵島(無人島)でアワビやアシカを獲る操業(渡海)許可を出していたことからはじまり、その後の経過と自分の見解(日本人はお人好しな民族であるなど)を発表した話で、おかげで皆さんそれぞれに見解を持っていたようであとの食事の時も盛り上がりました。次回は25年1月下旬に外部講師による吉田松陰先生のお話しを予定しております、乞うご期待下さい。
遊史会 会長 椙本 久繁 記

第4回 「憂国の旅人 吉田 松陰」

第4回遊史会
去る1月18日金曜日、第4回遊史会が開催されました。今回は市内屈指の吉田松陰先生研究家として知られる中野隆昌さんを講師にお迎えして「憂国の旅人 吉田 松陰」と題しておよそ40分間お話して頂きました。若くして萩藩の山鹿流兵学師範となり、九州への「兵学見聞」、東北地方への「海防見聞」から始まった松陰先生の生涯はまさに「旅」の連続であったと改めて思わされたお話でした。ひとくちで「憂国の心」などと言うは容易いことで、現代の社会でいったい誰が我が命も顧みずに国のために奔走できるのか?そして国に殉じて命を落としてゆく・・・、そこには現代人が忘れてしまった「何か」を持っていた幕末の人々の心を垣間見ることが出来ます。現代社会では独りよがりで身勝手な犯罪が多発しており、己の非を他者に転化し、他者をも大勢巻き込んで目を覆うばかりの被害が出ると言った犯罪者が後を絶ちません。「公」を愛し、「公」のために殉じた松陰先生やその弟子たちとの違いがここにはっきり見て取れます。現代社会では「私」のみを愛し、「私」のために他者をも巻き込む・・・。この違いを我々はもっと噛みしめるべきではないか・・・、そんなことをとても強く感じたこのたびのお話でした。遊史会では今後とも魅力ある企画をどしどし行ってゆく所存ですのでお時間の取れる会員の方は今後ともぜひ振るってご参加ください。
遊史会幹事 廣畑雅弘 記

第5回 「萩焼の入門の入門」

第5回遊史会1第5回遊史会2
去る6月14日(金)、クラブ事務所にて今期最後となる遊史会が開催され、総勢14名が参加しました。今回は会員講師として白田L.に「萩焼の入門の入門」として萩焼のみならず「日本のやきもの」全般についてお話して頂きました。「やきもの」の定義から始まり、その種類、そしてその歴史、さらに日本各地のやきものの産地等を経た後に「萩焼」の歴史に及びました。なにしろ縄文土器からすでに日本では「やきもの」の歴史は始まっており、世界各地に「やきもの」は多々あれど、おそらくこれほど古い歴史を持つものはそうは無いのではないかと思われました。さて、本題の萩焼ですがその歴史的な起こりから萩藩の御用窯として開かれた「窯薪山御用焼物所」の開窯に話は及び、江戸期を通じての県内各所での開窯や閉鎖を経て明治以後から近現代における美術工芸品としての地位を獲得した「萩焼」の変遷が非常に良く分かりました。「灯台下暗し」とは良く言いますが、萩市に住みながらこれまで「萩焼」については通り一遍等な知識しか持ち合わせていなかった自分に恥じ入るばかりでした。参加された他の会員の皆様もおそらく同様ではなかったか?と思う次第です。遊史会ではこれからもどんどん歴史に絡む興味深いお話を会員講師、または外部講師をお招きして皆様へお届けする所存です。まだ一度も参加されていない会員の方々もお時間の許す限り、是非ともご参加くださいませ。遊史会 幹事 廣畑 雅弘 記

第6回 「商 VS 武 限りなき戦い」

第6回遊史会

経済をにぎる商人と政治をにぎる武士との抗争史

1月25日クラブ事務所において13名の参加を頂いて第6回目の遊史会の講演会を行いました。歴史を楽しんで学んじゃおうよということで、今回は当同好会事務局長(当同好会講師のエース)L廣畑に「商 VS 武 限りなき戦い(経済をにぎる商人と政治をにぎる武士との抗争史)」と題して、年の暮れから正月休みも返上して自主製作した話をしてもらいました。江戸時代8代将軍吉宗のころから江戸期260年間の話で、時の商人は世界的に見ても比較的近代的な商いを展開してインフラ整備や災害復興のようなボランティアなども行い、それが巡り巡って市場の拡大、長く商売を続けるためのメリットとなって益々財を成してゆきました。一方、武である幕府は百姓から年貢をしぼるばかりで天領での一揆が絶えませんでした、そこで経済の立て直しに起用されたのが老中田沼意次でした。時代劇では可哀そうなくらい悪代官の代名詞のようにされていますが実際にはそうではなかったようで商人からの税収に目を付けるなど結構良い政策をおこなっていましたが、不運にも岩木山、浅間山の同時噴火による「天明の大飢饉」で結果を出せなかったため幕府はますます疲弊してゆきました。内容はこれ以上書けませんが、なしてそねぇなったそか の見解がわかりやすく述べられていて大変面白い話でした。これは是非もう一度今回聞けなかった人の為にもリバイバルしたいと思います。面白いネタがどんどん出てきますので次回以降も乞うご期待下さい。
遊史会 会長 椙本 久繁 記

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